三ツ峠(屏風岩)

 


 『おはようございます』翌朝、挨拶を交わした『その人』は仕事用の厳しい表情で現れた。
 四輪駆動車の運転席から「それじゃ」「お元気で」その人はシートの下の資材を荷台に積み込む。私たちは岩場へ向かう。一日の始まりだ。
 三ツ峠山荘は少し古びた、ぱっとしない、外観にどこという特徴のない小屋だ。数十人が泊まったら一杯だろう。テーブルとベンチが置かれた空地の向こうに入口がある。引き戸をあけると土間があり、ストーブがあり、脇にテーブルがあって、椅子に四人、作業服の人が掛けていた。
「今日は何人ぐらい?」『その人』が小屋番の人に聞いている。
 「14人・・・・」
 宿泊者の人数を聞くやりとりか。
 「今日は・・・・大勢・・・・」
 よく聞いていなかったが混雑していないらしく安堵した。
 「前田です。電話した」
 「相部屋ですけど」
 「お願いします」
 上がりがまちに座卓がありストーブがあり、向こうが食事室らしく、また座卓が五つ六つ並んでいる。部屋数が11室ということだからこぢんまりしている。
 おととい、近くの、もう一軒ある200人収容という小屋に問い合わせたとき「すみません満室です。団体さんが入って・・・・」と断られ、三ツ峠山荘に電話したのがよかった。食事の行列、団体さんの飛び交う指示。大きな小屋は落ち着かないし、こっちもなにかと気を遣うので避けたいところだった。
 といって荷を解くには早すぎる。日はまだ高く暖かい。小屋番らしき人に後で来ることを告げて外に出た。
 「ひとのぼりしにいこうか」
 「うん」
 ということで、ザックを担いだまま小屋を出た。午後の日差しを受けた富士山がもやった裾野から逆光の山頂まで、けだるげに見えている。どーんと大きい。
 そこから岩場へ向かうには小屋の横を通り、三匹の犬に吠えつかれながら、屏風岩へ続く鉄板の階段を降りていく。どんどん降りていく。ひとしきり降りると、まだ葉を落とさない樹林の垣間に岩が見えてくる。岩壁に人が見える。二人や三人じゃない。近づくにつれはっきりしてきた。大賑わいだ。
 おどろいた。
 岩登り講習会らしいのが何グループか来て、講師役のレクチャーを受けている。クラブのロゴを付けたシャツの東京農大、アイゼンを穿いてカチャカチャと歩き回る一団。岩に爪を立てきしませている。その他いくつものグループが入り乱れて喧しい。主なルートはザイルが垂れ下がっていたり人が登っていたりと、たいてい先客がある。
 「どこもあいてないなあ」
 しばらくぼうっと見物していたら『地蔵ルート』が空いた。
 「ここにしようか」
 「ああ」私たちはいつも言葉少なだ。
 ザイルをザックから出し登攀用具を用意した。ハーネスを付けザイルを結ぶ。久しぶりなので結び方や用具を点検し、使い方をおさらいする。あいまいなままやって間違えると命に関わるからだ。慎重に確認したところでクライミングを開始する。トップは杉澤さん。
 「ここは出だしが超えにくいんだよなあ」
 などといいながらも彼はするりと通過する。
 途中でトップを交代し第三バンドを超えたあたりに来たところ、行く手に別パーティの人たちが何人か固まっている。そのうち次の人が懸垂下降で降りてきた。その人たちが終わるまで待っているつもりで聞くと、天狗の踊場には他にも下降の順番待ちがいるという。ええ?
 「あと10人以上いますよ」
 「時間かかると思いますよ」口々にいう。
 そんなに待ってもいられないし、日も陰ってくる。
 「今日は終わりにしよう」ということにした。他の人たちは引き上げ始めた。私たちもザイルをたたみ登攀用具をかきあつめザックにねじ込んで小屋へ向かった。
 犬小屋のところで脇道に逸れる。
 「むこうへ行ってみないか?」
 「ああ」
 夕日があたりを染めはじた。あまり気持ちがよいので小屋の裏手、小高いところまで登ってみた。ススキの穂が風を受け、夕日を透かして輝いていた。背景は富士山。さっきまで登っていた屏風岩が夕日を照り返す様をしばらく眺めてから宿へ行った。
 相部屋と聞いていた部屋に同宿者はいなかった。ストーブ脇の座卓に座を占め、夕食までの一時、のどを潤すことにした。
 「つまみありませんか」と聞く。
「 ひとつ300円です」といってさまざまな袋菓子やスナック、チョコレートなどの入った段ボール箱を出してきたのには意表を突かれた。ストーブに寄ってきた上州からの相客と話をしながら飲む。そのうち夕食が並べられ、そちらへ移った。
 向かって左の座卓は作業服の人たち4人、こちらの座卓は前田・杉澤・同室の人の3人、右は上州からの二人、その奥3人組、そしてその奥に二人。やはり全部で14人。食事がほぼ終わった頃合いに、仕事で泊まり込んでいる四人組の一人が、他の客から食べ残しのおかずをもらっている。外にいる甲斐犬の餌をあつめているようである。
 『その人』は何かいうたびに「うん」「うん」と付け加えるのでどうも気になる「これ、もうたべない?・・・・うん」「もらうね・・・・」「犬が喜ぶ・・・・うん」といった調子なのである。席に戻ると、一人、焼酎らしきものを愛用のステンレスカップでちびちびやっている。
 みると、顎の下にご飯粒をくっつけている。
 「ここ、ついてますよ」自分の顎を指し教えてやる。
 「これ違うよ、ペンキ・・・・うん」と言う「取れないの・・・・うん」
 そうか、軍事用の電波塔があったな。防衛省の設備メンテで来ているらしい。どこから来ているか聞くと「石狩市から」だった。私も北海道から12歳の時に出てきたので親近感がわく。「ぼくは稚内です」と話しかけた。年は「72」という。私より3つ若い。「もう少し働いたら石狩に帰って畑をやるの。女房と二人で・・・・うん」二番目の連れ合いらしいその人が待つという「畑は150坪」「小さいけど自分の家だし・・・・」焼酎を口に運ぶ「うん」
 こちらの事情も話す「15で就職しましてね・・・・会社の寮にはいったんです」「定時制の山岳部で冬山を始め
たんです」「今年、40年やった会社をたんで引退しました」
仕事の話も面白い
 「ここのところ、いい天気でよかったですね」
 「いや、大変なの。霜が溶けてぬれるから、・・・・うん。全部拭かないと塗れないの」「手が冷たくて」「軍手は使えないの。すぐ濡れちゃうから、素手でウエスを使うんよ」
 「ここが終わったら石狩に帰るんですか」
 「いや、この後は近畿・・・・うん」
 「でも、帰る楽しみがあるからいいですね。待ってる人もいるし」
 「石狩に帰ったら畑づくりか、いいですね」
 『その人』は一杯の焼酎をなめるように味わうように飲みながら語り続けていた。
頃合いをみて私たちは部屋にひきあげた。
 こたつを脇にどけ布団を敷くときになっても相部屋の人来ない。食事をすませ、先に引きあげてどこへ行ったのか。そもそも荷物がない。とうとう朝まで部屋へは現れなかった。

 二日目、晴れわたった空。山頂に雪を乗せた富士山が陰影くっきり裾をのばし、優美な曲線を麓の街まで引いている。右手から伸びる尾根の紅葉が朝日に染まる。
 三ツ峠へ来ることはあっても山小屋へ泊まるのは初めてなのだが、小屋の居心地良さといい、風景の素晴らしさといい、クライミングの楽しみといい、何度来ても良いと思った。
 岩登りの楽しみは、昨日に続いての屏風岩。日曜日なので今日も主だったところには先客がいた。どこか探さなければと端から見ていくなかでは、昨日の『地蔵ルート』の隣、『観音ルート』が空いていた。
 良いルートなのでそこにきめ、同じ所を4回、登ったり降りたりを繰り返して過ごし、午後、いい頃合いに帰路についた。
 ジムのホールドとは違う感触。堅い岩の手触りが指先に残っていた。冷えたハイボールのアルミ缶がひりひりする指先に心地よかった。

参加者:前田享 杉澤(OB)
コースタイム:【11/9】横浜07:02→河口湖09:50→三ツ峠登山口10:15~三ツ峠山荘
【11/10】三ツ峠山荘~屏風岩14:20~三つ峠駅16:30~横浜



このエントリーをはてなブックマークに追加